てあげよう。遠島じゃ。ドミチウスを大事にするがよい。
アグリパイナは、ネロと共に艦に乗せられ、南海の一孤島に流された。
単調の日が続いた。ネロは、島の牛の乳を飲み、まるまると肥えふとり、猛《たけ》く美しく成長した。アグリパイナは、ネロの手をひいて孤島の渚《なぎさ》を逍遥《しょうよう》し、水平線のかなたを指さし、ドミチウスや、ロオマは、きっと、あの辺だよ。早く、ロオマへ帰りたいね、ロオマは、この世で一ばん美しい都だよ、そう教えて、涙にむせた。ネロは無心に波とたわむれていた。
その頃、ロオマは騒動であった。蒼《あお》ざめた、カリギュラ王は、その臣下の手に依って弑《しい》せられるところとなり、彼には世嗣《よつぎ》は無く全く孤独の身の上だったし、この後、誰が位にのぼるのか、群臣万民ふるえるほどの興奮を以て私議し合っていた。後継は、さだめられた。カリギュラの叔父、クロオジヤス。当時すでに、五十歳を越えていた。宮廷に於ける諸勢力に対し、過不足ないよう、ことさらに当らずさわらずの人物が選定せられたのである。クロオジヤスは、申し分《ぶん》なき好人物にして、その条件に適《かな》っている如く見えた。
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