一人は、宝石ちりばめたる毒杯を、一人は短剣の鞘《さや》を払って。
『何ごとぞ。』アグリパイナは、威厳を失わず、きっと起き直って難詰《なんきつ》した。応《こた》えは無かった。
宣告書は手交せられた。
ちらと眼をくれ、『このような、死罪を言い渡されるような、理由は、ない。そこ退《の》け、下賤の者。』応えは無かった。
理由は、おまえに覚えがある筈《はず》、そう言ってカリギュラ王は、戸口に姿を現わした。今朝おまえは、ドミチウスめを抱いて庭園を散歩しながら、ドミチウスや、私たちは、どうしてこんなに不仕合せなのだろうね、と恨《うら》みごとを並べて居った。わしは、それを聞いてしまった。隠すな。謀叛の疑い充分。ドミチウスと二人で死ぬがよい。
『ドミチウスを殺しては、いけません。』アグリパイナの必死の抗議の声は、天来のそれの如く厳粛に響き渡る。『ドミチウスは、あなたのものでない。また、私のものでもございません。ドミチウスは、神の子です。ドミチウスは、美しい子です。ドミチウスは、ロオマの子です。ドミチウスを殺しては、いけません。』
疑懼《ぎく》のカリギュラは、くすと笑った。よし、よし。罪一等を減じ
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