、無言の庇護を怠らなかった。
 アグリパイナの男性侮辱は、きわめて自然に行われ、しかも、歴史的なる見事さにまで達した。時の唇薄き群臣どもは、この事実を以《もっ》て、アグリパイナの類《たぐい》まれなる才女たる証左となし、いよいよ、やんやの喝采《かっさい》を惜しまなかった。
 アグリパイナの不幸は、アグリパイナの身体の成熟と共にはじまった。彼女の男性嘲笑は、その結婚に依《よ》り、完膚《かんぷ》無きまでに返報せられた。婚礼の祝宴の夜、アグリパイナは、その新郎の荒飲の果の思いつきに依り、新郎|手飼《てがい》の数匹の老猿をけしかけられ、饗筵《きょうえん》につらなれる好色の酔客たちを狂喜させた。新郎の名は、ブラゼンバート。もともと、戦慄《せんりつ》に依ってのみ生命《いのち》の在りどころを知るたちの男であった。アグリパイナは、唇を噛んで、この凌辱《りょうじょく》に堪えた。いつの日か、この目前の男性たちすべてに、今宵の無礼を悔いさせてやるのだ、と心ひそかに神に誓った。けれども、その雪辱の日は、なかなかに来なかった。ブラゼンバートの暴圧には、限りがなかった。こころよい愛撫のかわりに、歯齦《はぐき》から血
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