の吉野へも行く、神戸へ行く、ナイヤガラ、と言いかけて、ははははと豪傑笑いの真似をして見せた。しっけい。さようなら、あら、雨。はい、お傘。私は好かれているようであった。その傘を、五円で買います。みんながどっと声をたてて笑い崩れた。ああ、ここで遊んでいたい。遊んでいたい。額がくるめく。涙が煮える。けれども私は、辛抱した。お金がないのである。けさ、トイレットにて、真剣にしらべてみたら、十円紙幣が二枚に五円紙幣が一枚、それから小銭が二、三円。一夜で六、七十円も使ったことになるが、どこでどう使ったのか、かいもく見当つかず、これだけの命なのだ。まずしい気持ちで死にたくはなかった。二、三十円を無雑作にズボンのポケットへねじ込んであるが儘《まま》にして置いて死ぬのだ。倹約しなければいけない、と生れてはじめてそう思った。花の絵日傘をさして停車場へいそいだのである。停車場の待合室に傘を捨て、駅の案内所で、江の島へ行くには? と聞いたのであるが、聞いてしまってから、ああ、やっぱり、死ぬるところは江の島ときめていたのだな、と素直に首肯《うなず》き、少し静かな心地になって、駅員の教えて呉れたとおりの汽車に乗った
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