ながれ去る山山。街道。木橋。いちいち見おぼえがあったのだ。それでは七年まえのあのときにも、やはりこの汽車に乗ったのだな、七年まえには、若き兵士であったそうな。ああ。恥かしくて死にそうだ。或る月のない夜に、私ひとりが逃げたのである。とり残された五人の仲間は、すべて命を失った。私は大地主の子である。地主に例外は無い。等しく君の仇敵《きゅうてき》である。裏切者としての厳酷なる刑罰を待っていた。撃ちころされる日を待っていたのである。けれども私はあわて者。ころされる日を待ち切れず、われからすすんで命を断とうと企てた。衰亡のクラスにふさわしき破廉恥《はれんち》、頽廃《たいはい》の法をえらんだ。ひとりでも多くのものに審判させ嘲笑させ悪罵《あくば》させたい心からであった。有夫の婦人と情死を図ったのである。私、二十二歳。女、十九歳。師走《しわす》、酷寒の夜半、女はコオトを着たまま、私もマントを脱がずに、入水《じゅすい》した。女は、死んだ。告白する。私は世の中でこの人間だけを、この小柄の女性だけを尊敬している。私は、牢へいれられた。自殺|幇助罪《ほうじょざい》という不思議の罪名であった。そのときの、
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