上のまちが、眼下にくろく展開した。
「もはや、ゆうよはならん、ね。」嘉七は、陽気を装うて言った。
「ええ。」かず枝は、まじめにうなずいた。
路の左側の杉林に、嘉七は、わざとゆっくりはいっていった。かず枝もつづいた。雪は、ほとんどなかった。落葉が厚く積っていて、じめじめぬかった。かまわず、ずんずん進んだ。急な勾配《こうばい》は這ってのぼった。死ぬことにも努力が要る。ふたり坐れるほどの草原を、やっと捜し当てた。そこには、すこし日が当って、泉もあった。
「ここにしよう。」疲れていた。
かず枝はハンケチを敷いて坐って嘉七に笑われた。かず枝は、ほとんど無言であった。風呂敷包から薬品をつぎつぎ取り出し、封を切った。嘉七は、それを取りあげて、
「薬のことは、私でなくちゃわからない。どれどれ、おまえは、これだけのめばいい。」
「すくないのねえ。これだけで死ねるの?」
「はじめのひとは、それだけで死ねます。私は、しじゅうのんでいるから、おまえの十倍はのまなければいけないのです。生きのこったら、めもあてられんからなあ。」生きのこったら、牢屋だ。
けれどもおれは、かず枝に生き残らせて、そうして卑屈な復
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