と晴れていたし、私たちはぶらぶら歩いて途中のけしきを見ながら山を下りるから、と自動車をことわり、一丁ほど歩いて、ふと振りむくと、宿の老妻が、ずっとうしろを走って追いかけて来ていた。
「おい、おばさんが来たよ。」嘉七は不安であった。
「これ、なあ、」老妻は、顔をあからめて、嘉七に紙包を差し出し、「真綿《まわた》だよ。うちで紡《つむ》いで、こしらえた。何もないのでな。」
「ありがとう。」と嘉七。
「おばさん、ま、そんな心配して。」とかず枝。何か、ふたり、ほっとしていた。
嘉七は、さっさと歩きだした。
「おだいじに、行きなよ。」
「おばさんもお達者で。」うしろでは、まだ挨拶していた。嘉七はくるり廻れ右して、
「おばさん、握手。」
手をつよく握られて老妻の顔には、気まり悪さと、それから恐怖の色まであらわれていた。
「酔ってるのよ。」かず枝は傍から註釈した。
酔っていた。笑い笑い老妻とわかれ、だらだら山を下るにしたがって、雪も薄くなり、嘉七は小声で、あそこか、ここか、とかず枝に相談をはじめた。かず枝は、もっと水上《みなかみ》の駅にちかいほうが、淋《さび》しくなくてよい、と言った。やがて、水
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