。細君にそむかれて、その打撃のためにのみ死んでゆく姿こそ、清純の悲しみではないか。けれども、おれは、なんだ。みれんだの、いい子だの、ほとけづらだの、道徳だの、借銭だの、責任だの、お世話になっただの、アンチテエゼだの、歴史的義務だの、肉親だの、ああいけない。
嘉七は、棍棒《こんぼう》ふりまわして、自分の頭をぐしゃと叩きつぶしたく思うのだ。
「ひと寝いりしてから、出発だ。決行、決行。」
嘉七は、自分の蒲団をどたばたひいて、それにもぐった。
よほど酔っていたので、どうにか眠れた。ぼんやり眼がさめたのは、ひる少し過ぎで、嘉七は、わびしさに堪《た》えられなかった。はね起きて、すぐまた、寒い寒いを言いながら、下のひとに、お酒をたのんだ。
「さあ、もう起きるのだよ。出発だ。」
かず枝は、口を小さくあけて眠っていた。きょとんと眼をひらいて、
「あ、もう、そんな時間になったの?」
「いや、おひるすこしすぎただけだが、私はもう、かなわん。」
なにも考えたくなかった。はやく死にたかった。
それから、はやかった。このへんの温泉をついでにまわってみたいからと、かず枝に言わせて、宿を立った。空もからり
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