讐をとげようとしているのではないか。まさか、そんな、あまったるい通俗小説じみた、――腹立たしくさえなって、嘉七は、てのひらから溢《あふ》れるほどの錠剤を泉の水で、ぐっ、ぐっとのんだ。かず枝も、下手な手つきで一緒にのんだ。
接吻《せっぷん》して、ふたりならんで寝ころんで、
「じゃあ、おわかれだ。生き残ったやつは、つよく生きるんだぞ。」
嘉七は、催眠剤だけでは、なかなか死ねないことを知っていた。そっと自分のからだを崖《がけ》のふちまで移動させて、兵古帯《へこおび》をほどき、首に巻きつけ、その端を桑《くわ》に似た幹にしばり、眠ると同時に崖から滑り落ちて、そうしてくびれて死ぬる、そんな仕掛けにして置いた。まえから、そのために崖のうえのこの草原を、とくに選定したのである。眠った。ずるずる滑っているのをかすかに意識した。
寒い。眼をあいた。まっくらだった。月かげがこぼれ落ちて、ここは?――はっと気附いた。
おれは生き残った。
のどへ手をやる。兵古帯は、ちゃんとからみついている。腰が、つめたかった。水たまりに落ちていた。それでわかった。崖に沿って垂直に下に落ちず、からだが横転して、崖のうえ
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