だが、仙之助氏には、その中でもこの小さい雪景色の画だけが、ちょっと気にいっていたので、他の二十枚程の画は、すぐに画商に手渡しても、その一枚だけは手許に残して、アトリエの壁に掛けて置いた。勝治は平気でそれを持ち出した。捨て値でも、百円以上には、売れた筈《はず》である。
「勝治、画はどうした。」二、三日経って、夕食の時、父がポツンと言った。わかっていたらしい。
「なんですか。」平然と反問する。みじんも狼狽《ろうばい》の影が無い。
「どこへ売った。こんどだけは許す。」
「ごちそうさん。」勝治は箸《はし》をぱちっと置いてお辞儀をした。立ち上って隣室へ行き、うたはトチチリチン、と歌った。父は顔色を変えて立ち上りかけた。
「お父さん!」節子はおさえた。「誤解だわ、誤解だわ。」
「誤解?」父は節子の顔を見た。「お前、知ってるのか。」
「え、いいえ。」節子には、具体的な事は、わからなかった。けれども、およその見当はついた。「私が、お友達にあげちゃったの。そのお友達は、永いこと病気なの。だから、ね、――」やっぱり、しどろもどろになってしまった。
「そうか。」父には勿論、その嘘《うそ》がわかっていた。けれ
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