ども節子の懸命な声に負けた。「わるい奴だ。」と誰にともなく言って、また食事をつづけた。節子は泣いた。母も、うなだれていた。
 節子には、兄の生活内容が、ほぼ、わかって来た。兄には、わるい仲間がいた。たくさんの仲間のうち、特に親しくしているのが三人あった。
 風間七郎。この人は、大物であった。勝治は、その受験勉強の期間中、仮にT大学の予科に籍を置いていたが、風間七郎は、そのT大学の予科の謂《い》わば主《ぬし》であった。年齢もかれこれ三十歳に近い。背広を着ていることの方が多かった。額《ひたい》の狭い、眼のくぼんだ、口の大きい、いかにも精力的な顔をしていた。風間という勅選議員の甥《おい》だそうだが、あてにならない。ほとんど職業的な悪漢である。言う事が、うまい。
「チルチル(鶴見勝治の愛称である)もうそろそろ足を洗ったらどうだ。鶴見画伯のお坊ちゃんが、こんな工合いじゃ、いたましくて仕様が無い。おれたちに遠慮は要らないぜ。」思案深げに、しんみり言う。
 チルチルなるもの、感奮一番せざるを得ない。水臭いな、親爺《おやじ》は親爺、おれはおれさ、ザマちゃん(風間七郎の愛称である)お前ひとりを死なせない
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