ある。節子は一瞬泣きべそに似た表情をするが、無理に笑って、残りの五円紙幣をも勝治の掌に載せてやる。
「サアンキュ!」勝治はそう言う。節子のお小使は一銭も残らぬ。節子は、その日から、やりくりをしなければならぬ。どうしても、やりくりのつかなくなった時には、仕方が無い、顔を真赤にして母にたのむ。母は言う。
「勝治ばかりか、お前まで、そんなに金使いが荒くては。」
 節子は弁解をしない。
「大丈夫。来月は、だいじょうぶ。」と無邪気な口調で言う。
 その頃は、まだよかったのだ。節子の着物が無くなりはじめた。いつのまにやら箪笥《たんす》から、すっと姿を消している。はじめ、まだ一度も袖《そで》をとおさぬ訪問着が、すっと無くなっているのに気附いた時には、さすがに節子も顔色を変えた。母に尋ねた。母は落ちついて、着物がひとりで出歩くものか、捜してごらん、と言った。節子は、でも、と言いかけて口を噤《つぐ》んだ。廊下に立っている勝治を見たのだ。兄は、ちらと節子に目くばせをした。いやな感じだった。節子は再び箪笥を捜して、
「あら、あったわ。」と言った。
 二人きりになった時、節子は兄に小声で尋ねた。
「売っちゃっ
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