悪い仲間にひきずられているのだ。私はもう一度、兄さんを信じたい。
箪笥を調べ、押入れに頭をつっこんで捜してみても、お金になりそうな品物は、もはや一つも無かった。思い余って、母に打ち明け、懇願した。
母は驚愕《きょうがく》した。ひきとめる節子をつきとばし、思慮を失った者の如く、あああと叫びながら父のアトリエに駈け込み、ぺたりと板の間《ま》に坐った。父の画伯は、画筆を捨てて立ち上った。
「なんだ。」
母はどもりながらも電話の内容の一切を告げた。聞き終った父は、しゃがんで画筆を拾い上げ、再び画布の前に腰をおろして、
「お前たちも、馬鹿だ。あの男の事は、あの男ひとりに始末させたらいい。懲役なんて、嘘《うそ》です。」
母は、顔を伏せて退出した。
夕方まで、家の中には、重苦しい沈黙が続いた。電話も、あれっきりかかって来ない。節子には、それがかえって不安であった。堪えかねて、母に言った。
「お母さん!」小さい声だったけれど、その呼び掛けは母の胸を突き刺した。
母は、うろうろしはじめた。
「改心すると言ったのだね? きっと、改心すると、そう言ったのだね?」
母は小さく折り畳んだ百円紙幣を
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