死のプライドだったとは、あわれな話であった。
 松やは解雇せられた。勝治の立場は、いよいよ、まずいものになった。勝治は、ほとんど家にいつかなかった。二晩も三晩も、家に帰らない事は、珍らしくなかった。麻雀賭博《マージャンとばく》で、二度も警察に留置せられた。喧嘩《けんか》して、衣服を血だらけにして帰宅する事も時々あった。節子の箪笥《たんす》に目ぼしい着物がなくなったと見るや、こんどは母のこまごました装身具を片端から売払った。父の印鑑を持ち出して、いつの間にやら家の電話を抵当《ていとう》にして金を借りていた。月末になると、近所の蕎麦《そば》屋、寿司《すし》屋、小料理屋などから、かなり高額の勘定書がとどけられた。一家の空気は険悪になるばかりであった。このままでこの家庭が、平静に帰するわけはなかった。何か事件が、起らざるを得なくなっていた。
 真夏に、東京郊外の、井《い》の頭《かしら》公園で、それが起った。その日のことは、少しくわしく書きしるさなければならぬ。朝早く、節子に電話がかかって来た。節子は、ちらと不吉なものを感じた。
「節子さんでございますか。」女の声である。
「はい。」少し、ほっと
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