治の出費は、かさむばかりである。ついには、女中の松やの貯金まで強奪するようにさえなった。台所の隅で、松やはその事をお嬢さんの節子に訴えた。節子は自分の耳を疑った。
「何を言うのよ。」かえって松やを、ぶってやりたかった。「兄さんは、そんな人じゃないわ。」
「はい。」松やは奇妙な笑いを浮べた。はたちを過ぎている。
「お金はどうでも、よござんすけど、約束、――」
「約束?」なぜだか、からだが震えて来た。
「はい。」小声で言って眼を伏せた。
ぞっとした。
「松や、私は、こわい。」節子は立ったままで泣き出した。
松やは、気の毒そうに節子を見て、
「大丈夫でございます。松やは、旦那様にも奥様にも申し上げませぬ。お嬢様おひとり、胸に畳《たた》んで置いて下さいまし。」
松やも犠牲者のひとりであった。強奪せられたのは、貯金だけではなかったのだ。
勝治だって、苦しいに違いない。けれども、この小暴君は、詫びるという法を知らなかった。詫びるというのは、むしろ大いに卑怯な事だと思っていたようである。自分で失敗をやらかす度毎に、かえって、やたらに怒るのである。そうして、怒られる役は、いつでも節子だ。
或
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