みものにしているような図と甚《はなは》だ似ていた。
「チルチルは、ピタゴラスの定理って奴を知ってるかい。」
「知りません。」勝治は、少ししょげる。
「君は、知っているんだ。言葉で言えないだけなんだ。」
「そうですね。」勝治は、ほっとする。
「そうだろう? 定理ってのは皆そんなものなんだ。」
「そうでしょうか。」お追従《ついしょう》笑いなどをして、有原の美しい顔を、ほれぼれと見上げる。
勝治に圧倒的な命令を下して、仙之助氏の画を盗み出させたのも、こいつだ。本牧《ほんもく》に連れていって勝治に置いてきぼりを食らわせたのも、こいつだ。勝治がぐっすり眠っている間に、有原はさっさとひとりで帰ってしまったのである。勝治は翌る日、勘定《かんじょう》の支払いに非常な苦心をした。おまけにその一夜のために、始末のわるい病気にまでかかった。忘れようとしても、忘れる事が出来ない。けれども勝治は、有原から離れる事が出来ない。有原には、へんなプライドみたいなものがあって、決してよその家庭には遊びに行かない。たいてい電話で勝治を呼び出す。
「新宿駅で待ってるよ。」
「はい。すぐ行きます。」やっぱり出掛ける。
勝
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