まえで、わかれた。青年はズボンに両手をつっ込み、秋風の中に淋《さび》しそうに立って二人を見送っていた。
 ふたり切りになると、
「あなた、死ぬのね。」
「わかるか。」乙彦は、幽《かす》かに笑った。
「ええ。あたしは、不幸ね。」やっと見つけたと思ったら、もうこの人は、この世のものでは、なかった。
「あたし、くだらないこと言ってもいい?」
「なんだ。」
「生きていて呉れない? あたし、なんでもするわ。どんな苦しいことでも、こらえる。」
「だめなんだ。」
「そう。」このひとと一緒に死のう。あたしは、一夜、幸福を見たのだ。「あたし、つまらないこと言ったわね。軽蔑する?」
「尊敬する。」ゆっくり答えて、乙彦の眼に、涙が光った。
 その夜、二人は、帝国ホテルの部屋で、薬品をのんだ。二人、きちんとソファに並んで坐ったまま、冷くなっていた。深夜、中年の給仕人が、それを見つけた。察していたのである。落ちついて、その部屋から忍び出て、そっと支配人をゆり起した。すべて、静粛に行われた。ホテル全体は、朝までひっそり眠っていた。須々木乙彦は、完全に、こと切れていた。
 女は、生きた。

         ☆


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