は、何かひとりでうなずいた。赤い襟巻を掻《か》き合せて、顎《あご》をうずめた。
レヴュウを見て、それから、外を歩いて、三人、とりやへはいった。静かな座敷で、卓をかこみ、お酒をのんだ。三人、血をわけたきょうだいのようであった。
「しばらく旅行に出るからね、」乙彦は、青年を相手に、さちよが、おや、と思ったほどやさしい口調で言っていた。「もう、僕に甘えちゃ、いけないよ。君は、出世しなければいけない男だ。親孝行は、それだけで、生きることの立派な目的になる。人間なんて、そんなにたくさん、あれもこれも、できるものじゃないのだ。しのんで、しのんで、つつましくやってさえ行けば、渡る世間に鬼はない。それは、信じなければ、いけないよ。」
「きょうは、また、」青年は、美しい顔に泣きべその表情を浮べて、「へんですね。」
「ううん。」乙彦も、幼くかぶりを横に振って、「それでいいのだ。僕の真似なんかしちゃ、いけないよ。君は、君自身の誇りを、もっと高く持っていていい人だ。それに価する人だ。」
十九のさちよは、うやうやしく青年のさかずきに、なみなみと酒をついだ。
「じゃ出よう。これで、おわかれだ。」
その料亭の
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