火の鳥
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)羽織《はおり》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)須々木|乙彦《おとひこ》は古着屋へはいって、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)重い[#「重い」は底本では「思い」]からだを
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序編には、女優高野幸代の女優に至る以前を記す。
[#ここで字下げ終わり]

 昔の話である。須々木|乙彦《おとひこ》は古着屋へはいって、君のところに黒の無地の羽織《はおり》はないか、と言った。
「セルなら、ございます。」昭和五年の十月二十日、東京の街路樹の葉は、風に散りかけていた。
「まだセルでも、おかしくないか。」
「もっともっとお寒くなりましてからでも、黒の無地なら、おかしいことはございませぬ。」
「よし。見せて呉《く》れ。」
「あなたさまがお召《め》しになるので?」角帽をあみだにかぶり、袖口がぼろぼろの学生服を着ていた。
「そうだ。」差し出されたセルの羽織《はおり》をその学生服の上にさっと羽織って、「短かくないか。」五尺七寸ほどの、痩《や》せてひょろ長
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