い大学生であった。
「セルのお羽織なら、かえって少し短かめのほうが。」
「粋《いき》か。いくらだ。」
羽織を買った。これで全部、身仕度は出来た。数時間のち、須々木乙彦は、内幸町、帝国ホテルのまえに立っていた。鼠いろのこまかい縞目《しまめ》の袷《あわせ》に、黒無地のセルの羽織を着て立っていた。ドアを押して中へはいり、
「部屋を貸して呉れないか。」
「は、お泊りで?」
「そうだ。」
浴室附のシングルベッドの部屋を二晩借りることにきめた。持ちものは、籐《とう》のステッキ一本である。部屋へ通された。はいるとすぐ、窓をあけた。裏庭である。火葬場の煙突のような大きい煙突が立っていた。曇天である。省線のガードが見える。
給仕人に背を向けて窓のそとを眺めたまま、
「コーヒーと、それから、――」言いかけて、しばらくだまっていた。くるっと給仕人のほうへ向き直り、「まあ、いい。外へ出て、たべる。」
「あ、君。」乙彦は、呼びとめて、「二晩、お世話になる。」十円紙幣を一枚とり出して、握らせた。
「は?」四十歳ちかいボーイは、すこし猫背で、気品があった。
乙彦は笑って、「お世話になる。」
「どうも。」給仕
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