ってるよ。数枝は、はじめから歴史的を好きだった。」
「こいつ。」
女ふたり、腹をおさえて、笑いころげた。
「かえらぬ昔さ。」てれ隠しに数枝は、わざと下手《へた》な言葉を言って、「どうも、なんだね、あたしたち、男運がわるいようだね。」
「いいえ、」ときどきさちよは、ふっと水のように冷い語調に澄まし帰ることがある。大笑いのあとにでも、あたりの雰囲気におかまいなしに、一瞬、もう静かな口調で、ものを言い出す。へんな癖である。「あたしは、そうは思わない。あたしは、どんな男の人でも、尊敬している。」
数枝は、流石《さすが》に気まずくなった。われにも無く、むりにしんみりした口調で、
「わかいからねえ。」言ってしまって、いよいよいけないと思った。どうにも、自分が、ぶざまである。閉口して、とうとうやけに、屹《き》っとなってしまって、「ばかなこと、お言いでないよ。ギャングだの、低脳記者だの、ろくなものありゃしない。さちよを、ちっとでも仕合せにして呉れた男が、ひとりだって、無いやないか。それを、尊敬しています、なんて、きざなこと。」
「それは、少しちがうね。」こんどは、さちよは、おどけた口調にかえって、
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