い部屋で寝ながら話した。
「さちよの伯父さんは、でも、いいひとだと思うよ。過去のことは忘れろ、忘れろ。誰だって、みんな、深い傷を背負って、そ知らぬふりして生きているのだ。いいなあ。なかなかわかった人じゃないか。あたしは、惚《ほ》れたね。」ねむそうな声でそう言って、数枝は、しずかに寝返りを打った。
「かえれっていうの?」さちよは蒲団の中で小さくちぢこまって、心細げに反問した。
「まあね。」数枝は大人びた口調で言って、「だいいち、あの、歴史的は、ばかだよ。まさしく変人だね。いや、もっとわるい。婦女|誘拐罪《ゆうかいざい》。咎人《とがにん》だよ、あれは。ろくなことを、しやしない。要らないことを、そそのかして、そうしてまたのこのこ、平気でここへ押しかけて来て、まるで恩人か何かのように、あの、きざな口のきき様《よう》ったら。どこまで、しょってるのか、判りゃしない。阿呆や。あの眼つきを、ごらんよ。どうしたって、ふつうじゃないからね。」
 さちよは、くすくす笑った。
 数枝も、こらえ切れず笑ってしまって、それでも、
「いやな奴さ。笑いごとじゃないよ。謂《い》わば、女性の敵だね。」
「でも、あたし、知
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