ごろまでつづいた。ひる少しすぎ、戸山が原の雑木《ぞうき》の林の陰に、外套《がいとう》の襟《えり》を立て、無帽で、煙草をふかしながら、いらいら歩きまわっている男が在った。これは、どうやら、善光寺助七である。
 ひょっくり木立のかげから、もうひとり、二重まわし着た小柄な男があらわれた。三木朝太郎である。
「ばかなやつだ。もう来てやがる。」三木は酔っている様子である。「ほんとうに、やる気なのかね。」
 助七は、答えず、煙草を捨て、外套を脱いだ。
「待て。待て。」三木は顔をしかめた。「薄汚い野郎だ。君は一たい、さちよをどうしようというのかね。ただ、腕ずくでも取る、戸山が原へ来い、片輪《かたわ》にしてやる、では、僕は君の相手になってあげることができない。」
 ものを言わず、助七うってかかった。
「よせ!」三木は、飛びのいた。「逆上してやがる。いいか。僕の話を、よく聞け。ゆうべは、僕も失礼した。要らないことを言った。」
 ゆうべは、新宿のバアで一緒にのんだ。かねて、顔見知りの間柄である。ふと、三木が、東北の山宿のことに就いて、口を滑らせた。さちよの肉体を、ちらと語った。それから、やい、さちよはどこ
前へ 次へ
全80ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング