にいる。知らない。嘘つけ、貴様がかくした。よせやい、見っともねえぞ、意馬心猿。それから、よし、腕ずくでも取る、戸山が原へ来い、片輪にしてやる、ということになったのである。三木も、蒼ざめて承知した。元旦、正午を約して、ゆうべはわかれた。
「さちよの居どころは、僕は、知っている。」三木は、落ちつきを見せるためか、煙草をとりだし、マッチをすった。雪の原を撫でて来るそよ風が、二度も三度もマッチの焔《ほのお》を吹き消し、やっと煙草に火をつけて、「だけど、僕とは、なんでも無い。あのひとは、いま、一生懸命、勉強している。学問している。僕は、それは、あのひとのために、いいことだと思っている。あのひとに在るのは、氾濫《はんらん》している感受性だけだ。そいつを整理し、統一して、行為に移すのには、僕は、やっぱり教養が、必要だと思う。叡智《えいち》が必要だと思う。山中の湖水のように冷く曇りない一点の叡智が必要だと思う。あのひとには、それがないから、いつも行為がめちゃめちゃだ。たとえば、君のような男にみこまれて、それで身動きができずに、――」
「恥ずかしくないかね。」助七は、せせら笑った。「けさから考えに考えて
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