ちよ君《くん》はね、いつでも、こんなこと、平気でやらかすものだから、弱るです。社へ情報がはいって、すぐ病院へ飛んでいったら、この先生、ただ、わあわあ泣いているんでしょう? わけがわからない。そのうちに警視庁から、記事の差止だ。ご存じですか? 須々木乙彦って、あれは、ただの鼠じゃないんですね。黒色テロ。銀行を襲撃しちゃった。」
 憮然《ぶぜん》と部屋の隅につっ立っていた青年は、
「たしかですか?」蒼《あお》ざめていた。
「もう、五六日したら、記事も解禁になるだろうと思いますが。」善光寺は、新聞社につとめていた。
 さちよは、静かに窓のカーテンをあけた。あたしは、病院でこの善光寺助七の腕に抱かれて泣いたのだ。
「あなたは、いつから来ていたの?」冷い語調であった。
「おれかい?」死んだ大倉喜八郎翁にそっくりの丸い顔を、ぱっとあからめ、子供のようにはにかんだ。「ほんの、少しまえです。けさ早く警視庁へ電話したら、あなたたちの出ることを知らせて呉れたので、とにかく、ここへ来てみたわけです。したのおばさん心配していたぜ。留守に何度も何度も刑事が来て、この部屋を掻《か》きまわしていったそうだ。おばさん
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