かもニヒルには、浅いも深いも無い。それは、きまっている。浅いものである。さちよの周囲には、ずいぶんたくさんの男が蝟集《いしゅう》した。その青白い油虫の円陣のまんなかにいて、女ひとりが、何か一つの真昼の焔《ほのお》の実現を、愚直に夢見て生きているということは、こいつは悲惨だ。
「あなたは、どうお思いなの? 人間は、みんな、同じものかしらん。」考えた末、そんなことを言ってみた。「あたしは、ひとり、ひとり、みんな違うと思うのだけれど。」
「心理ですか? 体質ですか?」わかい医学研究生は、学校の試験に応ずるような、あらたまった顔つきで、そう反問した。
「いいえ。あたし、きざねえ。ちょっと、気取ってみたのよ。」すこしまえに泣いていたひととも思われぬほど、かん高く笑った。歯が氷のようにかがやいて、美しかった。
その橋を越せば、入舟町である。
「寄って行かない?」あたしは、バアの女給だ。
部屋へはいると、善光寺助七が、部屋のまんなかに、あぐらをかいて坐っていた。青年と顔を見合せ、善光寺は、たちまち卑屈に、ひひと笑って、
「あなたも、おどろいたでしょう? おれだって、まさに、腰を抜かしちゃった。さ
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