んきな質問に、異様な屈辱を感じて、ぐっと別な涙が、くやし涙が、沸いて出て、それでも思い直して、かなしく微笑んだ。このひとは、なんにも知らないのだ。私たちが、どんなにみじめな、くるしい生活をしているのか、このお坊ちゃんには、なんにもわかっていないのだ。そう思ったら、微笑が、そのまま凍りついて、みるみる悪鬼の笑いに変っていった。
☆
男は、何人でも、います。そう答えてやりたかった。おのれは醜いと恥じているのに、人から美しいと言われる女は、そいつは悲惨だ。風の音に、鶴唳《かくれい》に、おどかされおびやかされ、一生涯、滑稽な罪悪感と闘いつづけて行かなければなるまい。高野さちよは、美貌でなかった。けれども、男は、熱狂した。精神の女人を、宗教でさえある女人をも、肉体から制御し得る、という悪魔の囁《ささや》きは、しばしば男を白痴にする。そのころの東京には、モナ・リザをはだかにしてみたり、政岡の亭主について考えてみたり、ジャンヌ・ダアクや一葉など、すべてを女体として扱う疲れ果てた好色が、一群の男たちの間に流行していた。そのような極北の情慾は、謂《い》わばあの虚無ではないのか。し
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