えつ》がこみあげて来たのを、あやうくこらえた。「やっと、僕たち、なんにも知らなかったのだということが判って、ひとまず釈放というところなのです。ひとまず、ですよ。これから、何か事あるごとに呼び出されるらしいのだから、あなたも、その覚悟をしていて下さいね。あなたは、からだも、まだ全快じゃないのだし、僕が、責任を以《もっ》て、あなたの身柄を引き受けました。」
「すみません。」ふたたび、消え入るようにわびを言った。
「いいえ。僕のことは、どうでもいいんだけど、」青年は、あれこれ言っているうちに、この一週間、自分の嘗《な》めて来た苦悩をまざまざと思い起し、流石《さすが》に少し不気嫌になって、「あなたは、これからどうします? 僕の下宿に行きますか? それとも、――」
ふたりは、もう帝劇のまえまで来ていた。
「入舟町へかえります。」入舟町の露路、髪結さんの二階の一室を、さちよは借りていた。
「は、そうですか。」青年は、事務的な口調で言った。いよいよ不気嫌になっていた。「お送りしましょう。」
自動車を呼びとめ、ふたり乗った。
「おひとりで居られるのですか。」
さちよは答えなかった。
青年の、の
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