い花の名を言った。私は、自分の語学の貧しさを恥かしく思った。
「アメリカにも、招魂祭があるのかしら。」
とそのひとが言った。
「招魂祭の花なの?」
そのひとは、それに答えず、
「墓場の無い人って、哀《かな》しいわね。あたし、痩《や》せたわ。」
「どんな言葉がいいのかしら。お好きな言葉をなんでも言ってあげるよ。」
「別れる、と言って。」
「別れて、また逢うの?」
「あの世で。」
とそのひとは言ったが私は、ああこれは現実なのだ、現実の世界で別れても、また、このひととはあの睡眠の夢の世界で逢うことが出来るのだから、なんでも無い、と頗《すこぶ》るゆったりした気分でいた。
そうして朝、眼が覚めて、わかれたのが現実の世界の出来事で、逢ったのが夢の世界の出来事、そうしてまた別れたのがやはり夢の世界の出来事、もうどっちでも同じことのような気持ちで、床の中でぼんやりしていたら、かねて、きょうが約束の締切日《しめきりび》ということになっていた或る雑誌の原稿を取りに、若い編輯者《へんしゅうしゃ》がやって来た。
私にはまだ一枚も書けていない。許して下さい、来月号か、その次あたりに書かせて下さい、と願
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