い》わば全人生とでもいったものがあるのではあるまいか、と考えるようになった。
「さようなら。」
 と現実の世界で別れる。
 夢でまた逢う。
「さっきは、叔父《おじ》が来ていて、済みませんでした。」
「もう、叔父さん、帰ったの?」
「あたしを、芝居《しばい》に連れて行くって、きかないのよ。羽左衛門《うざえもん》と梅幸《ばいこう》の襲名披露《しゅうめいひろう》で、こんどの羽左衛門は、前の羽左衛門よりも、もっと男振りがよくって、すっきりして、可愛くって、そうして、声がよくって、芸もまるで前の羽左衛門とは較べものにならないくらいうまいんですって。」
「そうだってね。僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、歌舞伎《かぶき》を見る気もしなくなった程《ほど》なのだ。けれども、あれよりも、もっと美しい羽左衛門が出たとなりゃ、僕だって、見に行きたいが、あなたはどうして行かなかったの?」
「ジイプが来たの。」
「ジイプが?」
「あたし、花束を戴《いただ》いたの。」
「百合《ゆり》でしょう。」
「いいえ。」
 そうして私のわからない、フォスフォなんとかいう長ったらしいむずかし
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