美青年たるべきこと。一藝に於いて秀拔の技倆を有すること。The Yellow Book の故智にならひ、ビアヅレイに匹敵する天才畫家を見つけ、これにどんどん※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]畫をかかせる。國際文化振興會なぞをたよらずに異國へわれらの藝術をわれらの手で知らせてやらう。資金として馬場が二百圓、私が百圓、そのうへほかの仲間たちから二百圓ほど出させる豫定である。仲間、――馬場が彼の親類筋にあたる佐竹六郎といふ東京美術學校の生徒をまづ私に紹介して呉れる段取りとなつた。その日、私は馬場との約束どほり、午後の四時頃、上野公園の菊ちやんの甘酒屋を訪れたのであるが、馬場は紺飛白の單衣に小倉の袴といふ維新風俗で赤毛氈の縁臺に腰かけて私を待つてゐた。馬場の足もとに、眞赤な麻の葉模樣の帶をしめ白い花の簪をつけた菊ちやんが、お給仕の塗盆を持つて丸く蹲つて馬場の顏をふり仰いだまま、みじろぎもせずじつとしてゐた。馬場の蒼黒い顏には弱い西日がぽつと明るくさしてゐて、夕靄がもやもや烟つてふたりのからだのまはりを包み、なんだかをかしな、狐狸のにほひのする風景であつた。私が近づいていつて、やあ、と馬場に聲をかけたら、菊ちやんが、あ、と小さく叫んで飛びあがり、ふりむいて私に白い齒を見せて挨拶したが、みるみる豐かな頬をあかくした。私も少しどぎまぎして、わるかつたかな? と思はず口を滑らせたら、菊ちやんは一瞬はつと表情をかへて妙にまじめな眼つきで私の顏を見つめたかと思ふと、くるつと私に背をむけお盆で顏をかくすやうにして店の奧へ駈けこんでいつたものだ。なんのことはない、あやつり人形の所作でも見てゐるやうな心地がした。私はいぶかしく思ひながらその後姿をそれとなく見送り縁臺に腰をおろすと、馬場はにやにやうす笑ひして言ひだした。
「信じ切る。そんな姿はやつぱり好いな。あいつがねえ。」白馬驕不行の碾茶の茶碗は流石にてれくさい故をもつてか、とうのむかしに廢止されて、いまは普通のお客と同じに店の青磁の茶碗。番茶を一口すすつて、「僕のこの不精髭を見て、幾日くらゐたてばそんなに伸びるの? と聞くから、二日くらゐでこんなになつてしまふのだよ。ほら、じつとして見てゐなさい。鬚がそよそよと伸びるのが肉眼でも判るほどだから、と眞顏で教へたら、だまつてしやがんで僕の顎を皿のやうなおほ
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