が、でも、これはちょっと珍らしいものでしてね、おわかりですか、ナマズの蒲焼《かばやき》です。細君の創意工夫の独特の味が付いています。ナマズだって、こうなると馬鹿に出来ませんよ。まあ、一口めし上ってごらんなさい。鰻《うなぎ》と少しも変りませんから。」
 お盆には、その蒲焼と、それから小さいお猪口《ちょこ》が載っていた。私はリンゴ酒はたいてい大きいコップで飲む事にしていて、こんな小さいお猪口で飲むのは、はじめての経験であったが、ビール瓶のリンゴ酒をいちいち小さいお猪口にお酌《しゃく》されて飲むのは、甚《はなは》だ具合いの悪い感じのものである。のみならず、いささかも酔わないものである。私はすすめられて、ここの奥さんの創意工夫に依《よ》るものだというナマズの蒲焼にも箸《はし》をつけた。
「いかがです。細君の発明ですよ。物資不足を補って余りあり、と僕はいつもほめてやっているのだが、じっさい、鰻とちっとも変りが無いのですからね。」
 私はそれを嚥下《えんか》して首肯《しゅこう》し、この医師は以前どんな鰻を食べたのだろうといぶかった。
「台所の科学ですよ。料理も一種の科学ですからね。こんな物資不足の
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