往来に面した二階のヴェランダに通された。その日は、お天気がよかった。この地方に於いて、それがもう最後の秋晴れであった。あとはもう、陰鬱な曇天《どんてん》つづきで木枯《こがら》しの風ばかり吹きすさぶ。
「実はね、」と医師はへんな微笑を浮べ、「配給のリンゴ酒が二本ありましてね、僕は飲まないのですが、君に一つ召上っていただいて、ゆっくり東京の空襲の話でも聞きたいと考えていたのです。」
おおかた、そんなところだろうと思っていた。だから、こうして断りに来たのだ。リンゴ酒二本でそんなに「ゆっくり」つまらぬ社交のお世辞を話したり聞いたりして、窮屈きわまる思いをさせられてはかなわない。
「せっかくのリンゴ酒を、もったいない。」と私は言った。
「いいえ、そんな事はありません。どうせ僕は飲まないんですから。どうです、いま召し上りませんか。一本、栓《せん》を抜きましょう。」
まるで、シャンパンでも抜くような騒ぎで、私の制止も聞かず階下に降りて行き、すぐその一本、栓を抜いたやつをお盆《ぼん》に載せて持って来た。
「細君がいないので、せっかくおいで下さっても、何のおもてなしも出来ず、ほんの有り合せのものです
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