私の心は千里はなれた磯《いそ》にいて、浪にくるくる舞い狂っていたのである。私のはじめての本の出版。それで、すべてに、合点がついた。宿題。たくまずして、砂子屋書房主人、山崎剛平氏に、ばとんをお渡ししなければならなくなった。私の本がどれくらい、売れるであろうか。私の本の装釘《そうてい》は、うまく行くであろうか。潮どきと鴎《かもめ》と浪の関係。

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 附記。これは、半ば以上、私の本の、広告のために書いた。私、昭和十一年よりは、稿料、全く無しか、さもなくば、小説一枚五円、その他のくさぐさの文章一枚三円ときめた。
 今年正月号には、私の血一滴まじって居るとさえ思わせたる編輯者《へんしゅうしゃ》の手紙のため。あるいは、書きますと去年の正月にお約束して、以後、一年間、自らすすんでいよいよ強くお約束してしまい、ついには、もの狂いの状態にさえなったがため。私をつねにやわらかくなぐさめ顔の、而《しか》も文意あくまで潔白なる編輯部の手紙のため、その他、とにかく、いちどは書かなければならぬ事情ありて、断片の語、二十枚あまり書いた。稿料はすべて、私のほうから断って書いた。「人おのおの。
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