仲店の絵はがきを好むのだ。人ごみ。喧噪《けんそう》。他生の縁あってここに集《つど》い、折も折、写真にうつされ、背負って生れた宿命にあやつられながら、しかも、おのれの運命開拓の手段を、あれこれと考えて歩いている。私には、この千に余る人々、誰ひとりをも笑うことが許されぬ。それぞれ、努めて居るにちがいないのだ。かれら一人一人の家屋。ちち、はは。妻と子供ら。私は一人一人の表情と骨格とをしらべて、二時間くらいの時を忘却する。
いつわりなき申告
黙然たる被告は、突如立ちあがって言った。
「私は、よく、ものごとを識っています。もっと識ろうと思っています。私は卒直であります。卒直に述べようと思っています。」
裁判長、傍聴人、弁護士たちでさえ、すこぶる陽気に笑いさざめいた。被告は坐ったまま、ついにその日一日おのれの顔を両手もて覆っていた。夜、舌を噛み切り、冷くなった。
乱麻《らんま》を焼き切る
小説論が、いまのように、こんぐらかって来ると、一言、以《もっ》て之《これ》を覆《おお》いたくなって来るのである。フランスは、詩人の国。十九世紀の露西亜《ロシア》は、小説家の国なり
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