き。日本は、古事記。日本書紀。万葉の国なり。長編小説などの国には非《あら》ず。小説家たる君、まず異国人になりたまえ。あれも、これも、と佳《よ》き工合《ぐあい》には、断じていかぬよう也。君の兄たり友たり得るもの、プウシキン、レエルモントフ、ゴオゴリ、トルストイ、ドストエフスキイ、アンドレエフ、チエホフ、たちまち十指にあまる勢いではないか。

     最後のスタンドプレイ

 ダヴィンチの評伝を走り読みしていたら、はたと一枚の挿画に行き当った。最後の晩餐《ばんさん》の図である。私は目を見はった。これはさながら地獄の絵掛地。ごったがえしの、天地震動の大騒ぎ。否。人の世の最も切なき阿修羅《あしゅら》の姿だ。
 十九世紀のヨオロッパの文豪たちも、幼くしてこの絵を見せられ、こわき説明を聞かされたにちがいない。
「われを売る者、この中にひとりあり。」キリストはそう呟《つぶや》いて、かれの一切の希望をさらっと捨て去った、刹那《せつな》の姿を巧みにとらえた。ダヴィンチは、キリストの底しれぬ深い憂愁と、われとわが身を静粛に投げ出したるのちの無限のいつくしみの念とを知っていた。そうしてまた、十二の使徒のそ
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