のみごとなる文章の行く先々を見つめ居る者、けっして、私のみに非ざることを確信して居る。

     健康

 なんにもしたくないという無意志の状態は、そのひとが健康だからである。少くとも、ペエンレッスの状態である。それでは、上は、ナポレオン、ミケランジェロ、下は、伊藤博文、尾崎紅葉にいたるまで、そのすべての仕事は、みんな物狂いの状態から発したものなのか。然《しか》り。間違いなし。健康とは、満足せる豚。眠たげなポチ。

     K君

 おそるおそる、たいへんな秘密をさぐるが如き、ものものしき仕草で私に尋ねた。「あなたは、文学がお好きなのですか。」私はだまって答えなかった。面貌だけは凛乎《りんこ》たるところがあったけれど、なんの知識もない、十八歳の少年なのである。私にとって、唯一無二の苦手であった。

     ポオズ

 はじめから、空虚なくせに、にやにや笑う。「空虚のふり。」

     絵はがき

 この点では、私と山岸外史とは異るところがある。私、深山のお花畑、初雪の富士の霊峰。白砂に這《は》い、ひろがれる千本松原、または紅葉に見えかくれする清姫滝、そのような絵はがきよりも浅草
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