わが身に、慈眼の波ただよい、言葉もなく、にこやかに、所謂《いわゆる》えびす顔になって居る場合が多い。われながら、まるでたわいがないのだ。
 この項、これだけのことで、読者、不要の理窟を附さぬがよい。

     重大のこと

 知ることは、最上のものにあらず。人智には限りありて、上は――氏より、下は――氏にいたるまで、すべて似たりよったりのものと知るべし。
 重大のことは、ちからであろう。ミケランジェロは、そんなことをせずともよい豊かな身分であったのに、人手は一切借りず何もかもおのれひとりで、大理石塊を、山から町の仕事場までひきずり運び、そうして、からだをめちゃめちゃにしてしまった。
 附言する。ミケランジェロは、人を嫌ったから、あんなに人に嫌われたのだそうである。

     敵

 私をしんに否定し得るものは、(私は十一月の海を眺めながら思う。)百姓である。十代まえからの水呑百姓、だけである。
 丹羽文雄、川端康成、市村羽左衛門、そのほか。私には、かぜ一つひいてさえ気にかかる。

 追記。本誌連載中、同郷の友たる今官一君の「海鴎の章。」を読み、その快文章、私の胸でさえ躍らされた。こ
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