居る我の姿を、自覚したるときには、「われ老憊《ろうばい》したり。」と素直に、敗北の告白をこそせよ。
その二。おなじ言葉を、必ず、二度むしかえして口の端に出さぬこと。
その三。「未だし。」
感想について
感想なんて! まるい卵もきり様《よう》ひとつで立派な四角形になるじゃないか。伏目がちの、おちょぼ口を装うこともできるし、たったいまたかまが原からやって来た原始人そのままの素朴の真似もできるのだ。私にとって、ただ一つ確実なるものは、私自身の肉体である。こうして寝ていて、十指を観る。うごく。右手の人差指。うごく。左の小指。これも、うごく。これを、しばらく、見つめて居ると、「ああ、私は、ほんとうだ。」と思う。他は皆、なんでも一切、千々《ちぢ》にちぎれ飛ぶ雲の思いで、生きて居るのか死んで居るのか、それさえ分明しないのだ。よくも、よくも! 感想だなぞと。
遠くからこの状態を眺めている男ひとり在りて曰く、「たいへん簡単である。自尊心。これ一つである。」
すらだにも
金槐集《きんかいしゅう》をお読みのひとは知って居られるだろうが、実朝《さねとも》のうたの中に、「す
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