し。所詮、私は、一箇の感傷家にすぎないのではないのか。
金銭について
ついに金銭は最上のものでなかった。いま私、もし千円もらっても、君がほしければ、君に、あげる。のこっているものは、蒼空《あおぞら》の如き太古のすがたとどめたる汚れなき愛情と、――それから、もっとも酷薄にして、もっとも気永なる復讐心。
放心について
森羅万象の美に切りまくられ踏みつけられ、舌を焼いたり、胸を焦がしたり、男ひとり、よろめきつつも、或る夜ふと、かすかにひかる一条の路を見つけた! と思い込んで、はね起きる。走る。ひた走りに走る。一瞬間のできごとである。私はこの瞬間を、放心の美と呼称しよう。断じて、ダス・デモニッシュのせいではない。人のちからの極致である。私は神も鬼も信じていない。人間だけを信じている。華厳《けごん》の滝が涸《か》れたところで、私は格別、痛嘆しない。けれども、俳優、羽左衛門の壮健は祈らずに居れないのだ。柿右衛門の作ひとつにでも傷をつけないように。きょう以後「人工の美」という言葉をこそ使うがよい。いかに天衣なりといえども、無縫ならば汚くて見られぬ。
附言する。かかる
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