ここでは、誇張されたるものの美が、もくろまれて居る。」――「文士相軽。文士相重。ゆきつ、戻りつ。――ねむり薬の精緻《せいち》なる秤器《はかり》。無表情の看護婦があらあらしく秤器をうごかす。」
 始発の電車。
 夜が明け、明け放れていっても、私には起きあがることができないのだ。このように、工合のわるい朝には、家人に言いつけて、コップにすこし、お酒を持って来させる。もう起きて歯をみがかなければいけないという思いは、これは、しらじらしくて、かなしいものだ。そんなとき子供は、「おめざ。」を要求する。私にとっては、厳粛《げんしゅく》なるお酒を、嘗《な》めながら、私は、庭を眺めて、しぶい眼を見はった。庭のまんなかに、一坪くらいの扇型の花壇ができて在るのだ。そろそろと秋冷、身にたえがたくなって来たころ、「庭だけでも、にぎやかにしよう。」といつか私が一言、家人のいるまえで呟いたことのあるのを思い出した。二十種にちかき草花の球根が、けさ、私の寝ている間に植えられ、しかも、その扇型の花壇には、草花の名まえを書いたボオル紙の白い札がまぶしいくらいに林立しているのである。
「ドイツ鈴蘭《すずらん》。」「イチハツ。」「クライミングローズフワバー。」「君子蘭。」「ホワイトアマリリス。」「西洋錦風。」「流星蘭。」「長太郎百合。」「ヒヤシンスグランドメーメー。」「リュウモンシス。」「鹿の子百合。」「長生蘭。」「ミスアンラアス。」「電光種バラ。」「四季咲ぼたん。」「ミセスワン種チュウリップ。」「西洋しゃくやく雪の越。」「黒竜ぼたん。」――私は、いちいち、枕元の原稿用紙に書きしるす。涙が出た。涙は頬を伝い、はだかの胸にまで這い流れる。生れて、はじめての醜をさらす。扇型の花壇。そうして、ヒヤシンスグランドメーメー。ざまを見ろ。もう、とりかえしがつかないのだ。この花壇を眺める者すべて、私の胸の中の秘めに秘めたる田舎くさい鈍重を見つけてしまうにきまって居る。扇型。扇型。ああ、この鼻のさきに突きつけられた、どうしようもないほど私に似ている残虐無道のポンチ画。
 お隣りのマツ子は、この小説を読み、もはや私の家へ来ないだろう。私はマツ子に傷をつけたのだから。涙はそのゆえにもまた、こんなに、あとからあとから湧《わ》いて出るのか。
 否とよ。扇型、われに何かせむ。マツ子も要らぬ。私は、この小説を当然の存在にまで漕《こ
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