のために、食べものが喉《のど》をとおらぬ思いで、頬《ほお》の骨が目立って来て、赤ん坊にあげるおっぱいの出もほそくなり、夫も、食《しょく》がちっともすすまぬ様子で、眼が落ちくぼんで、ぎらぎらおそろしく光って、或《あ》る時、ふふんとご自分をあざけり笑うような笑い方をして、
「いっそ発狂しちゃったら、気が楽だ。」
 と言いました。
「あたしも、そうよ。」
「正しいひとは、苦しい筈《はず》が無い。つくづく僕は感心する事があるんだ。どうして、君たちは、そんなにまじめで、まっとうなんだろうね。世の中を立派に生きとおすように生れついた人と、そうでない人と、はじめからはっきり区別がついているんじゃないかしら。」
「いいえ、鈍感なんですのよ、あたしなんかは。ただ、……」
「ただ?」
 夫は、本当に狂ったひとのような、へんな目つきで私の顔を見ました。私は口ごもり、ああ、言えない、具体的な事は、おそろしくて、何も言えない。
「ただね、あなたがお苦しそうだと、あたしも苦しいの。」
「なんだ、つまらない。」
 と、夫は、ほっとしたように微笑《ほほえ》んでそう言いました。
 その時、ふっと私は、久方振《ひさかたぶ
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