時は、夫は、八時頃にもう、六畳間にご自分の蒲団とマサ子の蒲団を敷いて蚊帳を吊り、もすこしお父さまと遊んでいたいらしいマサ子の服を無理にぬがせてお寝巻に着換えさせてやって寝かせ、ご自分もおやすみになって電燈を消し、それっきりなのです。
 私は隣りの四畳半に長男と次女を寝かせ、それから十一時頃まで針仕事をして、それから蚊帳を吊って長男と次女の間に「川」の字ではなく「小」の字になってやすみます。
 ねむられないのです。隣室の夫も、ねむられない様子で、溜息が聞え、私も思わず溜息をつき、また、あのおさんの、
 女房のふところには
 鬼が棲《す》むか
 あああ
 蛇《じゃ》が棲むか
 とかいう嘆きの歌が思い出され、夫が起きて私の部屋へやって来て、私はからだを固くしましたが、夫は、
「あの、睡眠剤が無かったかしら。」
「ございましたけど、あたし、ゆうべ飲んでしまいましたわ。ちっとも、ききませんでしたの。」
「飲みすぎるとかえってきかないんです。六錠くらいがちょうどいいんです。」
 不機嫌《ふきげん》そうな声でした。

        三

 毎日、毎日、暑い日が続きました。私は、暑さと、それから心配
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