》りで、涼《すず》しい幸福感を味わいました。(そうなんだ、夫の気持を楽にしてあげたら、私の気持も楽になるんだ。道徳も何もありやしない、気持が楽になれば、それでいいんだ。)
その夜おそく、私は夫の蚊帳《かや》にはいって行って、
「いいのよ、いいのよ。なんとも思ってやしないわよ。」
と言って、倒れますと、夫はかすれた声で、
「エキスキュウズ、ミイ。」
と冗談めかして言って、起きて、床の上にあぐらをかき、
「ドンマイ、ドンマイ。」
夏の月が、その夜は満月でしたが、その月光が雨戸の破れ目から細い銀線になって四、五本、蚊帳の中にさし込んで来て、夫の痩《や》せたはだかの胸に当っていました。
「でも、お痩せになりましたわ。」
私も、笑って、冗談めかしてそう言って、床の上に起き直りました。
「君だって、痩せたようだぜ。余計な心配をするから、そうなります。」
「いいえ、だからそう言ったじゃないの。なんとも思ってやしないわよ、って。いいのよ、あたしは利巧《りこう》なんですから。ただね、時々は、でえじにしてくんな。」
と言って私が笑うと、夫も月光を浴びた白い歯を見せて笑いました。私の小さい頃に死
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