別の方向に進んでゐる。君は直覺的に物を握らうとし、僕は握るまへに理知的に疑はうとする。君のやうに直截に物の掴める人は眞にうらやましい。近頃は殊に自分の思想をできるだけつきとめてみようと思つて朝から夜までほとんどぶつ通しに机にむかひ、讀書と思索とに沈潜しつゝまとまるだけ多くを纒めてかいてゐるが其の間にただ四時から落日頃までを僕の散策の時間にとつておいて此の僅かのひまを自然の懷に抱かれようとしてゐる。併し長い間、さうして室内に閉籠つてゐて自然界にでてみると自然はまるで自分をうけつけてくれない。そして思索と本當の物とはまつたく別だといふ氣が切にする。そんな時、僕はすぐに自分を反省して、自分のすがたが餘りにみすぼらしく憐れに見える。だが亦斯んな時もある。思想上では全然中世期の哲學に近づいて、或る實際主義者現實主義者からはかの煩瑣哲學の亞流として排斥せられる其の著作にしたしみつゝ、自分の思想も次第にその方向にすすむやうになつて所謂現實所謂人生からはまるで阻隔してゐながら、洛北の圃の畝に腰をおろして夕日のやすらかにいり行くのを見遣る時、自分の心臟の鼓動は遠い村村の家や森や竹藪にたなびく夕靄の中にき
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
土田 杏村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング