い封緘ハガキだった。
 表には、市ヶ谷××町××番地池田方、青木みを様とあった。裏には、山崎二郎。
 ――やっぱりそうだ! 彼女は一しんにその手紙を読んだ。毛筆で細かく一ぱいに書いてある。達者過ぎて読みにくい字だった。飛び飛び読んで行った。
「今度、君は職場が変わるそうだが、止むを得ない事情のない限り、余り度々変わらない方がいい。そうして成《なる》べく皆と仲よくつきあって、好い友人を沢山拵えてくれ、そのうち段々現在の環境を脱け出すようにすることだ。――兄さんにはあまり楯ついちゃいけない、彼は病人だから。その人がいくら動くのを好まなかった処で、すべての情勢は決して彼を動かさずにはいないのだ。それからもし、いってもいいのだったら、あのやさしいお母さんに俺からよろしくとつたえてくれ。」
 彼女は涙を一ぱい[#底本では「一ばい」と誤記]溜めてそれを読んだ。
 あの蝙蝠《こうもり》のような暗い男の何処に、こんな優しい愛情があったのだろう――
 終わりの方には、何の本を差入れてくれとか、汚れたものを宅下げしたとか書いてあった。
 それで山崎が何処にいるかということが、母親にも大てい解った。
 みを子からはその後何の消息もなかった。
 するとある日母親は、銭湯で近所のおかみさんから呼びかけられた。
「此のつい四五日前、私んとこの娘が、お宅のみをちゃんに逢ったっていってましたんですよ。」
「えッ何処で、みを子に――」
「それがさ、亀戸の先の方でなんですよ。」
「人違いじゃありませんかね……」
「いえ、うちのはみをちゃんと学校が六年間も一緒でしたものね。」
「で、娘は、どんな風をして居りました?」
「日本髪に結って、お弁当箱をもって[#底本では「もつて」と誤記]、何でも女工さん達と一緒に歩いてましたって……」
「それで、あれは元気でしたろうか?」
「さ……うちのが、みをちゃん[#底本では「みをちやん」と誤記]――と呼んだら、急いで行って[#底本では「行つて」と誤記]しまったっていってましたですよ。」
 折角きいた話は、あっけない話だった。しかしみを子が無事でいることだけは、彼女にとって、唯一つの大きい希望だった。

 息子はこの二三年、病気で欠勤がちだった。しかし家にいる時でも、技術がすたるといって仕事をしていた。
 紙幣《さつ》の裏表を占めている、息づまる程交錯した、毛よりも細い線
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