つの道しかないんですよ、ダラ幹のいない、一番闘争的な組合に入って、団結して闘うより仕方がない……」
「誰に教わったんだッ生意気なッ。」
兄の手先は、怒りの為に細かく慄えていた。
「私たちの方には、全協一般使用人組合がある。兄さんの方にも出版労働って組合がある。組合は闘争的な加入者のある処だったら、百貨店だって何処だって、職場、職場へどしどし組織の手を伸ばします……」
みを子はポッと頬を染めて、何時までも喋りつづけようとした。暫く彼女の雄弁はつづいた。
その間兄は、額とすれすれにおろした電燈の笠の下で、顳※[#「※」は「需+頁」、第3水準1−94−6、248−19]《こめかみ》をぴくぴくさせて、泣き出しそうな表情をしていたが、
「みを子――」
矛盾に堪えられなくなるといつもいうように、彼はまたそれをいった。
「俺がお前のようなことをやって、馘にでもなって見ろ、この生活は誰が背負うんだ。」
母親は、はらはらして、いい争う兄妹を見ていた。
みを子が何時の間にそんな理窟をいう娘になったかと思って、まだ子供っぽい肩のあたりを見ていると、不思議と娘のいうことが解った。しかしまた病身で勤めている兄の方も、たまらなく、可哀想になった。
そのことのあった翌朝、母親が眼を覚ました時は、みを子の寝床は空ッぽだった。何時間経っても帰って来ない。
娘は行ってしまったのだ――そう気がついた瞬間、母親の眼を掠《かす》めたものは、山崎という青年の姿だ! だがその男は何処《どこ》に住んでいるのか、さっぱり見当もつかなかった。
そのうちに一ケ月余り経った。
土砂降りの日があると、翌日はまた夏のようにあつい日があった。方々で出水や崖くずれの噂が高かったが、みを子の消息などは少しも知れなかった。母親は一刻も娘のことが忘れられなくて、その日その日の天候と一緒に、荒れ狂うような気持ちだった。
するとある日、池田まさ――という知らない人から一通の手紙が来た。彼女は慄える手で封を切った。
前略、みを子氏こと山崎氏の関係にて検挙され、その後行方不明の処、昨日Y署に留置されていることが、やっと解りました。早速Y署へ、本人引き渡しを交渉されたく願います。家族の方が行かれるのが、一番都合よろしいと存じます。早々。
悦びと驚きと、彼女の頭は混乱した。直ぐ仕度をして出掛けた。市電を下りて駈け込むよ
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