》してゐる黨《たう》の指令《しれい》のもとに、ある地方《ちはう》へ派遣《はけん》された後《のち》、彼等《かれら》は滅多《めつた》に逢《あ》ふ機會《きくわい》もなかつた。
 その間《あひだ》彼女《かのぢよ》は、無産者《むさんしや》××同盟《どうめい》の支部《しぶ》で働《はたら》く傍《かたはら》、あるデパート專屬《せんぞく》の刺繍《ししう》工場《こうぢやう》に通《かよ》つて生活《せいくわつ》を支《さゝ》へた。そのうち、三・一五|事件《じけん》として有名《いうめい》な、日本《にほん》×××員《ゐん》の全國的《ぜんこくてき》の大檢擧《だいけんきよ》が行《おこな》はれた。それ以來《いらい》、片山《かたやま》の消息《せうそく》は知《し》れなくなつた。
 彼女《かのぢよ》は、片山《かたやま》一人《ひとり》を得《う》る爲《ため》には、過去《くわこ》の一|切《さい》を棄《す》てた。肉親《にくしん》とも絶《た》たなければならなかつた。もつとも、母親《はゝおや》は實母《じつぼ》ではなかつた。
 唯《たゞ》一人《ひとり》、頼《たの》みとする片山《かたやま》に訣《わか》れた彼女《かのぢよ》は、全《まつた》く淋《さび》しい身《み》の上《うへ》だつた。彼女《かのぢよ》は、片山《かたやま》の同志《どうし》のK氏《し》の家《うち》に身《み》を寄《よ》せて、彼《かれ》の居所《ゐどころ》を搜《さが》してゐたが、その彼《かれ》が、I刑務所《けいむしよ》の未決監《みけつかん》にゐると判《わか》つたのは、行方不明《ゆくへふめい》になつてから、半年《はんとし》もの後《のち》だつた。
 それから彼女《かのぢよ》は毎晩《まいばん》、惡夢《あくむ》を見《み》た。片山《かたやま》が後手《うしろで》に縛《しば》り上《あ》げられて上《うへ》から吊《つ》るされてゐる、拷問《がうもん》の夢《ゆめ》である。[#底本では、この行頭の1字下げなし]
 ある時《とき》は、隣室《りんしつ》に臥《ね》てゐるKの夫人《ふじん》に搖《ゆす》り起《おこ》されて眼《め》を覺《さ》ましたが、彼女《かのぢよ》にはそれが單《たん》に夢《ゆめ》とばかり、打《う》ち消《け》すことができなかつた。何故《なぜ》なら、その頃《ころ》、さういふ野蠻《やばん》な戰慄《せんりつ》すべき噂《うはさ》が、世間《せけん》に喧《やかま》しく傳《つた》はつてゐたからだ。
 彼女
前へ 次へ
全9ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若杉 鳥子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング