れなかったりして、短い冬の日は徒労に終わる事もありました。そんな時は、何時も悄然とした姿をして、小石川の宿に帰って行くのでした。
 帰れば何を勉強をする気にもなれず、筆をとる気にもなれず、唯疲れた体躯《からだ》を投げ出して、快い眠りに入る事より他に、何の欲望もありません。労働者の上も偲ばれて、気の毒で堪えませんでした。然し私も一個の労働者です。終日パンを得る為にのみ斯くして過ごします。どう思っても幾ら高く買っても、これが天職の使命のとは思われません。
 社内の事よりも何よりも、反抗するに感応《こたえ》のない、大自然の圧迫は、実に苦しく、家庭や長上の人より受くるもののように余裕がありません。流石の我侭者の私も、是には服従せざるを得ませんでした。

       生活費の不足
 早稲田出身の文学士様さえ、最初の月給は二十円から二十五円と、相場の定った新聞社の事ですから、私は初め見習として十五円を与えられました。電車代は別です。
 自給するようになって、生まれて初めて月給を懐中《ふところ》にした時は、嬉しい気持ちよりも、顧みて一ヶ月の自分の労力が余りに安価に購われ、余りに又小さなる自らの力で
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