て動物園になっている平地に出ると猿や熊が熱そうに檻の中をのたうち歩き、ラジオのジャズがきこえて、旅情も何もあったものではなかった。橋があるといわれた橋は「しらつる橋」、それは谷に架《か》け渡された吊り橋である。踏めばきしきしと揺れ、子供達が駈けて通ると、欄干がぎいぎいときしんだ。下は真ッ暗な谷で、ゆずり葉の大木が谷底からぬッと橋の上まで首を伸ばしている。昔はどんな風体の人間が往き来したものだろうか、侍だの、奴だの、御殿女中だの……その頃は勿論、葛か何かの危険な橋だったに違いなく、雪が降ったら美しい風景だろう――なんて、此処でやっと童話的な気分を少し味わう。フォンテンブロオの森にあるミレエとルソオの記念碑に模して、天然石へパネルを嵌《は》め込んだものだという、千曲川旅情の歌の碑は、城趾の崖の上にはあるにあるが、「千曲川いざよふ波の」という千曲川よりも、つい眼の前の新しい製糸工場の建物の方がよっぽど眼に近い。向こうの翠の丘の下をうねうねと流れている千曲川の水は、掩いかぶさった老松の間から、奔騰する泡のように、白く光ってみえるだけだった。
 城というものは大抵高所に築かれるものだが、この城は
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